2015年4月5日日曜日

それは無いでしょ≪平成26年10月≫


産経新聞の加藤達也前ソウル支局長が書いた朴槿恵韓国大統領に関するコラムをめぐる問題で、いよいよソウル中央地検は、情報通信網を通して虚偽の事実を際立たせた等として、加藤氏を、情報通信網利用促進および情報保護などに関する法律(情報通信網法)における、「名誉毀損の罪」で在宅起訴しました。
加藤氏は、これまでに計3回、ソウル中央地検に出頭させられ、地検側は、情報通信網法違反(名誉毀損)の容疑で、地検側の通訳を介して、記事の作成経緯などについて聴取したとのことです。そこにおいて、加藤氏側は、朴槿恵政権を揺るがした、韓国旅客船セウォル号の沈没事故当日に、朴大統領がどこでどう対処したかを伝えるのは、公益にかなうニュースだと考えた旨を、滔々と説明したそうです。

さて、既にご案内のように、83日のことですが、産経新聞はウェブサイトのMSN産経ニュースに、「追跡~ソウル発、朴槿恵大統領が旅客船セウォル号沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」と題した加藤氏のコラムを掲載しました。これが、そもそものはじまりということが出来ます。ここで加藤氏は、今年416日、旅客船「セウォル号」の沈没事故が発生した際、韓国の朴槿恵大統領が何をしていたかについて、718日付の韓国紙、朝鮮日報に掲載された記事の情報に基づいてコラムを執筆したにすぎなかったのですが……。

事が大きくなった原因は、もっと違うところにあるとも言えそうです。と言いますのも、そもそも、加藤氏を韓国検察が在宅起訴する発端となったコラムそれ自体は、あくまでも産経のウェブサイトに日本語で掲載されたものであり、かつそれは日本国内の読者に向けて発信されたものだったのです。
しかし、そこはSNSの世界です。
なにがしかの意図を持ってそれを最大限活用しようとする動きが出てくることは、ある意味自然な流れなのかもしれません。
まさにそのコラムに着目し、無断で韓国語に全文翻訳し、あまつさえ恣意的論評を加えた上で、韓国のサイトに載せたのが、インターネット媒体の「ニュースプロ」という存在でした。この媒体は、いまだに実態は不明の様ですが、なんでもアメリカを拠点とする非営利の翻訳専門報道機関だそうで、外国で報道された韓国関連ニュースを、翻訳家が韓国語に訳しているそうです。韓国メディアの調査によりますと、約20人の翻訳チームがいるとされ、基本的には、朴槿恵大統領や現政権に否定的な立場を取っているとのことです。なんともまあ、コマッタ媒体の目に止まってしまったものです。しかも、その手際の良さと言えば……。

加藤氏のコラムが83日の正午に、産経新聞のサイトに掲載されるや否や、ニュースプロは翌日の4日の正午前には、朴大統領をおとしめる内容の独自の論評もしっかり付けたうえで、全訳記事を載せたのです。
そこから、まず、加藤氏が執筆したコラムをめぐり、大統領支持派の市民団体から、名誉毀損の容疑で刑事告発がなされ、韓国検察当局は、この告発を受け、加藤氏を事情聴取します。次に、これら一連の動きにあわせて、野党など反政権サイドが、朴大統領への批判材料として最大限利用し始めます。中でも、韓国の最大野党、新政治民主連合の某議員は、加藤氏がコラムの中で書いた「朴大統領の噂」について、「大統領が恋愛をしていたという話」などと踏み込んで語り、朴大統領を揶揄したとのことです。これに対して、朴大統領は烈火のごとく反発し、「国民を代表する大統領に対する冒涜的な発言は度を超えている」と、語気を強めて非難したそうです。さらには、韓国の司法に関しては、これまでも韓国ウォッチャーなどから、時の政権や世論の動向に影響を受けやすいと指摘されていますから、検察側の起訴決定の裏には、朴大統領の怒りが影響していると見ることもできるでしょう。
ちなみに、この点について「朝生」の司会で有名な田原総一郎氏は、「李明博政権末期、韓国憲法裁判所が、慰安婦問題で日本に具体的な措置をとらないのは憲法違反としたころから韓国の司法はおかしくなっていると思っていたが、今回の措置はまさにそのおかしさの表れといえる」と述べています。
この度の在宅起訴で、これから公判が開かれることになるわけですが、韓国は日本と同じ三審制を採っており、韓国司法関係者によりますと、被告側が否認している事件では、判決が出るまで一般的に8カ月ほどかかるとのことです。一審が無罪でも、検察側が控訴する可能性は十分ありうるので、最終審までもつれ込めば、数年に及ぶことも想定されます。その一方で、検察側が被害者と位置付ける、朴槿恵大統領が処罰を望まないと意思を表明すれば、公判は途中でも終結するとか……。

そもそも加藤氏のコラムは、基本的に韓国の大手紙、朝鮮日報の引用に基づいているものです。朝鮮日報の記事が嘘だと思いながら引用したのなら問題でしょうが、そうでないのなら、少なくとも日本においては名誉毀損にはならないのではないでしょうか。
と言いますのも、日本では公共の利害に関するものや公益を図る目的で行ったことは、真実性の証明があれば罰しないとされています。それは、あまりにも名誉毀損の範囲を広げてしまうと、表現の自由や報道の自由を損ねることになり、狭めれば人権侵害を許容することになる為、バランスが図られているからです。
日本では、韓国大統領に関するコラムは、公益を図る目的の範疇にあるでしょうし、さらに、コラムの中で、真偽不明であることにも言及していますから、断定した場合よりも名誉毀損の程度は低いでしょう。そこから、日本では起訴しない事例ということが出来るのではないでしょうか。
裏返して見れば、起訴は報道に萎縮的効果を与え、取材の自由、表現の自由を権力によって規制することにほかなりません。この度の起訴は、権力にとって不都合なことを書くなら、表現の自由は制限されるということを、韓国政府が自ら宣言したようなものです。韓国政府におかれては、是非とも冷静になって、加藤氏に対する起訴が、自由で公平な国家であろう韓国の評判に、どう否定的な影響を与えるかについて熟考することを勧めたいところです。
確かに、日本と韓国の間には歴史問題などの難題が山積し、決して良好な関係にあるとは言い難いかもしれません。しかし、それでも、自由と民主、そして法の支配といった普遍的価値観を共有する東アジアの盟友であることに変わりはありません(?)
報道、言論の自由は、民主主義の根幹をなすものです。
政権に不都合な報道に対して公権力の行使で対処するのは、まるで独裁国家のやり口と言うことが出来ます。
重ねて申しますが、加藤氏に対する起訴処分は、撤回すべきです。