2010年5月6日木曜日

バンクーバーを想う

「睦月・如月・弥生」と、季節も慌ただしい三月となりました。名店街ニュースをお読みの皆様のご家族も、学校や職場で引っ越しや移転作業等、新生活への準備等で慌ただしい時期ではないでしょうか。
さて、三月の別名、「弥生」の由来ですが、草木がいよいよ生い茂る月、「木草弥や生ひ月(きくさいやよひつき)」が詰まって「やよい」になったそうです。草木の芽が生え始めているのを見て、学生は新学期の開始、社会人は職場での新メンバーの歓迎など、さぞかし期待と不安の入り混じった、新しくも待ち遠しい事の始まりを予感している頃ではないでしょうか。
 
新春を迎える前に、そのスタートに相応しい多くの感動を私達は貰ったのではないでしょうか。いわゆるバンクーバーオリンピックでの日本人選手の活躍です。この大会で、我が国の選手は数えきれないドラマを残したわけですが、中でも特に印象深かった選手を振り返ってみたいと思います。

まずは、女子フィギュアスケートで銀メダルを獲得した、浅田真央選手。女子フィギュアのチャンピョン、キム・ヨナ選手と頂点を争い合いましたが、結果はプレッシャーをはねのけ、完璧な演技をこなしたキム・ヨナには敗れましたが、自己最高得点を叩き出し、初出場で銀メダルという快挙を成し遂げました。
しかしながら、その後の涙ながらのコメントが実に印象的です。
「(トリプル)アクセル(演技の技名で、女子フィギュアではかなり高難易度の技だそうです)を2回飛べた以外は全く満足していない。」
なんという貪欲さでしょうか!全世界から集められた天才の祭典で、圧倒的多数を抑えて2位になったにも関わらず、悔し涙を流したその勝利への意欲は大したものです。私達がテレビで見る演技、審査対象の全てはたったの5分足らずです。その5分のために、何千時間もかけて、怪我やスランプと闘いながら調整するわけですが、どんなに努力をしようとも、評価される対象はその5分のみです。およそ長い人生の中で、たった一瞬であるその時間を生きがいにし、そのわずかな時間のためにあくなき向上意欲を示す態度には、感服させられましたし、同時に自らの背筋が伸びるようです。
「本当に長かった、というか、あっという間・・・」大会後のこのコメントは、まさに一瞬に人生を賭けた勝負師・英雄の感想であるといえるでしょう。「銀メダル」というその偉業に拍手を送ると共に、その情熱を見習い、自らを戒めたいと感じたひと時でした。

長島圭一郎選手が日本勢として初のメダルに輝いた瞬間、地元である北海道池田町での応援団の様子がテレビに映し出されました。会場は歓喜にわきました。町のホールで開かれた観戦会には町民300人が集合し、歓喜の瞬間には十勝ワインのスパークリングワインで祝杯を上げたそうです。
長島選手の快挙によって、町の絆が深まりました。池田町長は、長島選手に町民特別栄誉賞授与の意向も示しています。なぜここまで多くの町民が長島選手に魅了されるのでしょうか。おそらくは、一つの目標に向うに当たっての志高き個人の意思と信念が、多くの人を魅了しているのではないかと考えます。人生を歩む中で、自らが貫きたい・守り続けたい意思や姿勢、そして信念が必ずあるはずですもの・・・。
ちなみに、池田町の初代町民特別栄誉賞は、どなただと思いますか。
それは、みなさんよくご存じのDREAMS・COME・TRUE(ドリームズ・カム・トゥルー)の吉田美和さんです。町民に夢を与え、町の知名度を上げたとして、ドリカムの結成20周年と開町110年が重なった2008年に授与されました。バンクーバーオリンピック日本代表応援ソングであるドリカムの「GODSPEED」は、困難なことに立ち向かう人たちへ最上級の「GOOD LUCK!!」を願う意味を持つそうです。この応援ソングに日本選手団の選手たちは、多くの勇気をもらったことでしょう。人は困難に立ち向かう時、得てして周りの人間の温もりを感じるものです。長島選手も強き意思と信念があったとはいえ、周りの人の支えなしには、あるいはこの曲なしでは(ちょっと大袈裟?)、この快挙は達成できなかったのではないでしょうか。

同じスピードスケート男子500mにおいて、長島選手以上に金メダルが期待されていた選手がいます。長島選手と同じ会社に所属する、加藤条治選手です。一回目のレースでは金メダルが十分に狙える位置にいた加藤選手でしたが、二回目のレースでは最後の直線で失速し、残念ながら銅メダルという結果に終わってしました。競技終了後の加藤選手のブログには、「好きな競技に本気になって、たくさんの感情を抱く。幸せなことですね。」という文が掲載されています。
「たくさんの感情」とは、いったいどういったものだったのでしょうか。
加藤選手は、メダルを獲得した喜び・安堵の感情を、ひとまずは抱いたことでしょう。私自身も、人生の四年間を競技のために捧げ、世界で第三位という見事な結果をおさめた加藤選手の栄誉をたたえ、敬意を表したいと思っています。
一方で加藤選手は、「銅メダルがこんなに悔しかったなんて知らなかった」とも述べています。
競技が終了した翌日の朝日新聞の社説には、長野五輪の同種目で金メダルを獲得し、過日引退を発表した清水宏保選手の記事が掲載されていました。題名は「条治よ 悔しかったか」。「楽して金メダル取りたいですね」と言い、スタミナが要求される1000mには出場せず500mの競技のみに専念した加藤選手に対して、最後の直線で失速した原因はスタミナ不足にあり、練習方法を変えていく必要があると助言をする清水氏。同じ種目で金メダルを取った清水氏にしかできない、さらに高みへ登っていくための助言を、加藤選手はどう受け取ったのでしょう。
きっと加藤選手にとっては、銅メダルが自分自身を見つめなおすきっかけとなったのではないでしょうか。清水選手の助言を受けとめた加藤選手は、四年後のオリンピックまでに一回り大きくなって、必ずや私たちの期待に応えてくれるでしょう。私も一人のサポーターとして、今後の加藤選手を全力で応援していきたいと思っています。

4年に1度の五輪で、長島選手のように全力を出し切り、最高の結果をだすことができた選手もいれば、浅田選手や加藤選手のように、一瞬のために賭けた4年間を通じて自分自身を見つめなおし、また4年後を見据えて競技を極めていこうとする選手たちもいます。こうした選手たちの姿は非常に美しく、私は自分を奮い立たせ、困難を乗り切る勇気が湧いてきます。
私たちも彼らのように、いつまでも一瞬一瞬に全力でぶつかっていきたいですね。