2008年9月17日水曜日

拉致があかない

 7月12日、北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の首席代表会合が、「消化不良」のまま閉幕してしまいました。拉致事件の早期解決のため北朝鮮に対する経済制裁措置の一部解除に反対する行動が全国各地で起こっているなかにあって、この会合の内容を新聞報道で知ったとき、何かシラッとしたものを感じたのは私だけではなかったのではないでしょうか。と言いますのも、北朝鮮の核計画申告の検証方法は、細部にわたってまで合意出来なかったわけですし、そうなると日本政府はかねてからこの細部についての合意作りが先決問題としていたわけですから、必然的に検証の時期も遅れてしまうことになります。

 さて、先月の11日と12日に、約9ヵ月ぶりとも言える、日朝公式実務者協議が北京で開かれました。当時の私の記憶には、昨年の9月に、拉致問題を「私の手で解決したい」と、ご本人としては珍しく断定調で明言された、当時首相就任直前の福田康夫自民党総裁の言葉が強く残っています。そこから、先月の北京での実務者協議で、「拉致問題」の解決をはじめ、これからどう日朝関係が進展していくのかを、日本人の一人として大いに期待していたところでした。
 しかし、実際はどうでしたでしょうか。
 すでにご案内のように、北朝鮮は「拉致は解決済み」という立場を変更して「再調査」をすること、また日航機「よど号」乗っ取り犯とその家族を引渡すことを約束し、他方、我が国は、経済制裁措置の一部解除を実施することを約束しました。これを受けて、米国政府は、6月26日に、テロ支援国指定解除を議会に通告したとのことであります。

 「拉致問題の再調査」と「よど号犯とその家族の引き渡し」で、制裁を一部解除する。これを聞いて唖然とした人は多かったのではないでしょうか。何度も聞かされ、ある意味騙されてきた「再調査」で、なぜ我が国は制裁を一部ではあれ解除するのか、と。

 そもそも「再調査」という言葉自体が詭弁ではないでしょうか。例えば、誰か日本人が北朝鮮で登山をしていたところがけ崩れに遭い行方不明になったという場合なら、北朝鮮側に捜索をお願いしたり、それでも見つからないから「再調査」をお願いするというのならわかります。しかし、そもそも誘拐犯自身が「自分が誰を誘拐したか再調査する」というのでは話になりません。
 
 「拉致問題の解決」とは、我々が全く知らない人も含め、拉致被害者をすべて取り返すということであります。勿論、その後、真相究明やこれに関わった関係者の処罰が必要なのは言うまでもありませんが、兎に角、拉致被害者を全員取り返すことが先決事項であります。そして、これらの人を取り返すためには北朝鮮で誰もが自由な意思表示をできるようにしなければなりません。「自分が拉致被害者である」と名乗る事ができるようにし、あるいは自由な調査ができるようにすることが大切であって、そうする為には、北朝鮮の体制変更が必要になるでしょう。
 政府の責任は、あくまで「拉致被害者全員を救出する」ことであります。その中の一つの手段として「北朝鮮との交渉で帰国させる」が入るのでなければなりません。もし話し合いができないのであれば、別の物理的力を使ってでも取り返すという選択肢が存在するのは当然ではないでしょうか。勿論、北朝鮮からシリアに核拡散した今、イスラエルがシリアの核施設を空爆した選択肢は、現時点では、我が国は採ることは出来ないでしょう。ただ、北朝鮮が従来の立場を変更して、拉致問題での協議に臨んできたのは、この間の我が国と国際社会からの圧力が効果を上げたからである、との見方がもっぱらであります。そうであるなら、政府においては、「拉致問題の解決なくして、国交正常化はない」との方針の下、むしろ経済制裁措置の期限延長や、追加制裁措置の実施など、なお一層の効果を上げるための圧力強化のカードを切ることの方がより重要なのであって、未だに拉致被害者全員の帰国が実現していない中で、一部ではあれ経済制裁措置を解除することは絶対にあってはならない事なのであります。

 実務者協議の出席者の一人の斉木昭隆・外務省アジア大洋州局長は、6月13日に行われた、拉致被害者家族会への報告の終わりの頃、「(交渉は)出発点に戻った。交渉のプロセスを動かすために布石を売っている。あとは向こうがどう行動を起こすか」と発言されたとのことです。
その場に居合わせた方に、その時の雰囲気を報道機関が取材しており、その伝えるところによれば……。
「この言葉を聞いた家族会の人の表情からは失望というか落胆というか、なんともいえない思いが感じられました」
「また初めからやると言うのか、家族会ができてからこれまでの十一年はなんだったのか、という感情が何人もの家族から見て取れた」
との事です。
横田めぐみさんの拉致が分かってから、9.17小泉総理の第1回訪朝までが約6年弱、そしてそれから現在までがまた約6年弱です。ここでまた我々は重大な、「停滞」という壁に突き当たろうとしています。
横田めぐみさんの母・早紀江さんは、この拉致問題の風化が一番怖いとして……。
「核問題も拉致問題も、人間のいのちを台無しにする大変な問題です。どちらもいのちの問題として、一つの力で訴え続けて」
このように、政府と我々にいつも呼びかけています。

 拉致問題は我が国の国家主権と、我々のいのちと安全・安心にかかわる重大な犯罪あります。
何度でも申し上げますが、政府は、「その解決なくしては北朝鮮との国交正常化はない」との方針を是非とも貫徹すべきですし、北朝鮮に対しすべての拉致被害者の安全確保と速やかな帰国を強く求め続けなければなりません。
それまでは、「対話と圧力」「圧力と交渉」との観点から、引き続き経済制裁措置を行う事が絶対に必要なのであります。