2014年4月2日水曜日

「竹林はるか遠く」は大丈夫?≪平成26年3月≫

 ここ最近、ソチ・オリンピック・パラリンピックでの日本選手の活躍を通して、多くの感動を頂戴して幸せ気分に浸れたのもつかの間……。千葉県柏市での通り魔事件の発生など、今一つ気分がすぐれなくなってきた中で、とうとう恥ずかしい事件が起きてしまいました。それは東京の図書館で「アンネの日記」やその関連図書が破損された、「アンネの日記破損事件」のことです。
 これまでに被害が確認されたものとしては、「アンネの日記」「アンネ・フランクの生涯」「少女アンネ その足跡」などアンネ・フランクにまつわるものが目立っていますが、中には「私はホロコーストを見た」とか「アウシュヴィッツの手紙」など一般的なユダヤ人迫害に関する書籍もあったとのことです。
 

 既にご案内の通り、「アンネの日記」は、大勢の人々に愛されている作品であり、ここ50年間で全世界で良く読まれた書籍ランキングの第10位です(ちなみに第1位が『聖書』、第2位が『毛沢東語録』です)
 遥か昔、私もこの書籍に親しんだ記憶があります。
 第二次世界大戦があった約70年前、ドイツの政党「ナチス」の差別から逃げるため、家族と一緒にオランダのアムステルダムに移り住んだ13歳のアンネ・フランク(ユダヤ人の女の子)。この子が隠れ家で暮らした2年間の生活を書いた日記です。
 当時のドイツはオランダを支配して、ユダヤ人への差別を続けた為、表立った日常活動は著しく制約され、その多くは隠れ家生活となってしまいます。そこで感じた怖さや希望、家族への熱い思いが、少女目線で描かれています。アンネはその後、捕まり、15歳で亡くなってしまいます。この日記は、戦争終結後、生き延びたアンネの父親が本にしたものです。
 

 豊島区内でも発生しているこの事件。
 その報道機関の報道ぶりを振り返ってみますと……。
 220日東京都内の複数の図書館で「アンネの日記」や関連書籍のページが破られる被害が相次いでいることが判明。221日菅義偉官房長官が「極めて遺憾で恥ずべきこと」と非難。222日確認された被害が300冊を超える。224日警視庁が器物損壊容疑などでの捜査開始。227日東京都豊島区の書店でも破損されたことが判明(捜査関係者によると、被害にあったのは大手書店チェーン「ジュンク堂書店」池袋本店。1月中旬と221日、3階の売り場でそれぞれ「アンネの日記」1冊が破られているのを店員が見つけ、22日に警視庁目白署に被害届を提出)37日警視庁が豊島区の書店への建造物侵入容疑で30代の男を逮捕(捜査一課が店内の防犯カメラを調べたところ、2冊目が発見された21日と、それ以前の2月中旬にジュンク堂書店を訪れ、同関連本のある348階などを行き来する不審な男がいたことが判明。いずれも被害のあった書棚近くに足を運ぶ。22日には店内で勝手にビラを張っていたことも確認。無断でビラを張るという、書籍購入などの「本来の目的」以外の目的で書店に侵入したとして、建造物侵入容疑で逮捕)313日逮捕された30代の無職男の自宅から、関連本の切れ端などが見つからなかったことが判明。しかも、自宅のパソコンにはインターネットの接続履歴が残っておらず、捜査一課は男が切れ端を廃棄し、履歴を消去するなどの証拠隠滅を図った可能性があると見做す……。

 さて、現時点では、こういった流れでこの「アンネの日記破損事件」は推移してきています。もちろん、ここ最近にも、捜査の進捗状況にも多くの変化があるかと思われます。
 

 いずれにせよ、豊島区も力を注いでいる文化、これを育み伝え、言論活動を支える書籍を損ない、自由な読書を妨げる愚かな行為ということが出来ますし、かつ、特定の本をねらう執拗かつ悪質なもので、再発防止のためにも一刻も早い解決を望むものです。日本図書館協会も「貴重な図書館の蔵書を破損させることは、市民の読書活動を阻害するもので極めて遺憾」との声明を出しています。

 ところで、この事件の場合は、国際関係への影響も懸念されます。
 実際のところ、書籍破損の被害が同書やユダヤ人迫害を扱った本などに集中していることから、海外でもこの事件は報道され、注目もされてしまっています。ユダヤ系人権団体の「サイモン・ウィーゼンタール・センター」は「衝撃と深い懸念」を表明していますし、欧米では、今回の破損行為は反ユダヤ主義的なものではないかとの見方も出てきているそうで、そうであるとすれば、日本のソフト・パワーやイメージを損ないかねません。
 さまざまな考え方の本や資料が広く公開される図書ないし読書環境の役割には大きいものがあります。本を守ることは伸び伸びとした自由な言論につながりますから、これを妨げる行為は決して許されるものではありません。
 もっとも、最近の共同通信によれば、今のところイスラエル政府からの抗議は無く、日本に詳しいイスラエルの有識者は「イスラエルには日本と反ユダヤ主義を結び付ける人はあまり多くない」と説明してくれていますし、ヘブライ大のニシム・オトマズギン准教授という方は「アンネの日記が多くの日本人に読まれていることはイスラエルでもよく知られている」また「ナチスの迫害から逃れようとするユダヤ人に査証を発給し、多くの命を救った元駐リトアニア領事代理の故杉原千畝氏のことを知るイスラエル人も少なくない」といってくれております。
 これはこれで大変有難いことですし、後は、このような事件の模倣犯が出ない事を祈るのみです。
 と言いますのも、ここ最近、私が読んだ本で感銘をうけた作品の一つに『竹林はるか遠く 日本人少女ヨーコの戦争体験記』というものがあります。
 「在米韓国人が猛抗議」とか、「全米中学校の教材から排除運動」とか、1986年に米国で刊行されたこの書籍は、その20年後に突然、理不尽な嵐に巻き込まれ、同様の動きが「慰安婦問題」という形で世界中に広がる最中、本書の出版が発表されるや、予約の段階でアマゾンランキング総合1位を記録し、今もって口コミで広がり続けております。
 著者は昭和8年、青森生まれ。父が満鉄職員のため、生後間もなく家族で朝鮮半島北部の羅南に移住。戦況が悪化した昭和20年、当時11歳だった著者は母と5歳年上の姉の女3人だけで半島を逃避行します。
 本書は、この時の体験を米国在住の著者が子供たちに分かりやすく伝えたいと、少女の目線から平易な英語でつづった物語です。抗日武装勢力に追われ、命の危険に幾たびも遭遇、その上乏しい食糧で、死と隣り合わせの日々が連続。危機意識の低い今の日本人(失礼)には学ぶことが多いと思われます。
 戦後の記録的なベストセラーとなった藤原ていさんの『流れる星は生きている』、世界中で読まれている『アンネの日記』などに「匹敵する戦争体験記」というありがたい感想も各方面からいただいているとのことです。
 本書に一貫して流れているテーマは「戦争の悲惨さと平和の尊さ」、そして特に、ともに苦難を乗り越える母と姉との「家族愛」。
 問題となった朝鮮人に関する描写の適否は、読者の判断に任せたいと思いますが、刊行から四半世紀を経て、この貴重な物語が日本語で読めるようになったことを素直に喜びたいですし、この作品が破損されない事を、切に切に、願うものです(ヨーコ・カワシマ・ワトキンズ著&監訳、都竹恵子訳)