2014年4月2日水曜日

バイトテロについて≪平成25年9月≫

 SNSが発展しインターネット時代と言われている近年。特に、ツイッターやフェイスブックは得たい情報をリアルタイムで知ることが出来たり、自分の近況を報告することが出来たりと色々と便利になっています。
 しかしその一方で、近頃では、神社の境内で全裸になった画像や、飲食店のアルバイト先での不適切な画像を、今どきの学生が無造作に投稿する「バカッター」と呼ばれる問題が相次いでいます。

 中でも、注目したいのが「バイトテロ」です。
 バイトテロとは、主にツイッターなどで飲食店のアルバイト学生などが不適切な画像を投稿して店の信用を落とす事を言います。しかも深刻な問題として、こういった書き込みを特に問題視していない学生が一部で存在していることでしょう。

 平成25911日付けの日経流通新聞では、いわゆる「バカッター」について特集しています。
 日経流通新聞が楽天リサーチの協力を得て全国の大学生と専門学校生200人に対して、一連の悪ふざけ写真の投稿について調査したところ、4分の3が「あってはならないことだと感じる」と回答。その反面、「面白い」が2%、「騒ぐほどの問題ではない」が9%と、1割以上が容認姿勢を見せました。大半の学生は、書き込みを問題だと感じているのは事実としても、その「1割」に当たる学生が取り返しのつかない結果を引き起こしているようです。
 その例として実際に起きた事件を取り上げたいと思います。
 1つの例としては、ツイッターをめぐる炎上騒動に見舞われた東京都多摩市のそば店「泰尚」です。こちらのお店では、201389日にアルバイトの男性が大型食器洗い機に足を入れて横たわる写真をツイッターに投稿して炎上しました。
 そして、910日時点で店の壁には、「閉店 この度、一部の従業員達(多摩大学学生)による不衛生な行為により営業を停止させて頂く事になりました。皆様には深くおわび申し上げると共に永きに渡りご愛顧頂きまして本当にありがとうございました」という紙が張られ、閉店へと追い込まれてしまいました。

また、この他にも大手ハンバーガーチェーン・バーガーキングの従業員が、床に大量に敷き詰めたバンズの上で寝そべる写真を投稿したり、ピザーラの店員と思われるアルバイト従業員が店内でシンクに入ったり冷蔵庫に入ったりとやりたい放題やっている写真がツイッターやブログなどに掲載され炎上したという事件も起こっています。

 これらの事件の動向を見て、多くの人が「このような写真をインターネットで公開したら非難が集まるのは当たり前なのになぜ?」という感想を漏らしています。
ですが、彼らは非難が集まるなどとは考えていないのではないでしょうか。
まるで仲間内で連絡を取っているような感覚でいて、Twitterは不特定多数の人に公開されていることに気づいていない。つまり、バイト先をクビになるだけでなく、親兄弟や学校等に迷惑がかかったり、場合によっては損害賠償請求を求められたり、などと非常に深刻な問題になるという想像力が及んでいないのかもしれません。これはむしろ、ネット上の騒ぎ以上にモラルやマナーの面で根深い問題がある可能性も考えられます。

 この一連の事件は「スクールカースト」が一因ではないか、とも言われています。
 スクールカーストとは、平成1819年頃にメディアで使われるようになった言葉で、学校内での序列のことです。
 学校ではイケメンやスポーツができる、勉強ができるなどの学生が上位のカーストになりますが、面白い学生も上に行けるとのことです。昔から学校内での序列はありましたが、最近の若者はスクールカーストという言葉ができてしまうほど、仲間内での序列を強く意識せざるを得ない環境にあるのです。

これに加え、スマートフォンの普及でこの現象がさらに可視化したのではないかと思われます。なぜなら、スマートフォンによりネットに画像を投稿する手間が簡略化し、この画像を投稿したらどのような反応が返ってくるかということを考える時間も余裕もないと思われるからです。彼らは、自らを「武勇伝」「若者の元気の発露」等として許容されるべきものと考えているのではないでしょうか。

 まるで連鎖反応のごとく、同種の事件が毎日のように起きている今日この頃。
 もはや、破壊願望ではなく「破壊」、悪ふざけではなく「テロ」、そのように言うしかない現象と感じる人が多くなってきているでしょう。
 一方で、企業側の対応も、ついに「冷蔵庫に入りません」という内容の誓約書を書かせるところまできているそうです。そのようなことは常識でわかるだろう、というような社会や組織の「常識」に訴えることを諦めて、「法律」で対処するというわけです。

 勿論、バイトテロはお店側だけの被害や責任というわけにもいきません。
 同じ職場で一生懸命働いていた人は職を失ってしまったり、そこまでは至らなくても顧客や周囲からの信用を損ねることになります。
 大学生であれば、その大学の品位をも落としたことになるでしょうから、そうした学生には大学側から然るべき措置が取られることは間違いないでしょう。無期停学処分なら甘いもので最悪は除籍にもなるのではないでしょうか。また、学校教育でどのようなことをしているのか。ということにもなりますから他の学生にも多大な迷惑がかかることは間違いありません。
 そしてその一方、消費者側は立て続けに起こるこうした事件に不安を感じ、飲食店の利用を控えるという事態にも繋がりかねません。

 バイトテロの解決に向けた取り組みとしては、アルバイトのモラルやマナーを徹底的に正すしかないでしょうし、人件費をかけても従業員教育を徹底する等、教育体制や仕組みを作る必要があるでしょう。
 SNSの正しい使い方の教育(?)も徹底すべきでしょう。加えて、今後は全従業員から企業コンプライアンスに関する誓約書をとる、または衛生教育などの再徹底などが必要となってくるでしょう。
 夏目漱石さんがツイッターをしていたら……。
「とかくこの世は住みにくい…」(草枕)
 漱石さんのつぶやきが聞こえます。

生活保護に一石≪平成25年4月≫

 いよいよ新年度がスタートしました。
 季節は陽春の頃。
 暖かな日差し。
 草木も芽吹く。

まさに心弾む季節の到来……。この時期、就職や退職そして進学などで新しい環境での新生活が始まる方も多々いらっしゃるかと思います。かくいう私も、期待と不安の入り混じったこの時期を懐かしく思う一瞬があります…。
あの時期に感じ、思ったことを思い返して、今年度も励んで参りたいですね…。

  ところで、最近ちょっと気になる事とは言えば…。
 生活保護費や児童扶養手当をパチンコ等のギャンブルで浪費することを禁止し、市民に情報提供を求める兵庫県小野市の「市福祉給付制度適正化条例」ですね。

一部の報道によれば、なんでもこの条例、市民に対し、 受給者の「浪費情報」を市に提供することも求めており、法律の専門家からは「人権侵害を招きかねない」と懸念する声が出ているとの事です。4月1日に施行されるこの条例は、国が明示していない保護費の適正な使途にまで踏み込んだ内容で、この試みは受給者のプライバシーをどう守るかなど、今後の運用の在り方で他の自治体に与える影響を考えると…、注目しちゃいますね。

 【福祉給付制度適正化条例の骨子】

・生活保護や児童扶養手当などの適正運用と受給者の自立した生活支援を目的とする。

・受給者は能力に応じて勤労に励み、節約し、生活の維持・向上に努めなければならない。

・市民は、受給者が給付金を不正に受けたり、パチンコ、競輪、競馬で浪費したりしているのを知れば、市に情報提供する。

  この条例に罰則規定はないものの、一部の人や弁護士会から「監視社会になる」と心配する声もあります。その一方、小野市にこれまで寄せられた1900を超える意見のうち、6割が「パチンコは生活必需品ではない」などと条例に賛成する動きがあったとか…。

 いずれにしても、市の取り組みは全国に波紋を広げるのでは…?
 

 さて、そもそも生活保護費受給者の方がパチンコなどのギャンブルが可能なのでしょうか、ということです。

 この点、生活保護法60条では次のようにうたっています。

「賭け事やパチンコなどの遊びを慎んで、計画的に生活保護費を使わなければいけない」
 

 この「慎む」という言葉から全面的に禁止されているという事ではないようです。

 しかし、平成25年、兵庫県で「生活保護者ギャンブル禁止」の条例が議会に提出されました。可決・成立してはいないようですが、この条例は、「生活保護受給者がパチンコ・パチスロ・競輪・競馬といったギャンブルに生計が維持できなくなるまで投資することを禁止」する条例です。発覚した場合は、生活保護費の見直しなどの調査がはいる事になっているそうです。

 誤解を招かないよう説明させて頂きますが、もちろん「生活保護者がギャンブルをしてはいけない」という決まりはありません。

 しかし、生活保護費は、「最低限の生活を送るのに必要な金額」として支給されているので、本来ギャンブルといった遊興費が手元にあること自体が不自然というのが現実です。

 ちなみに、パチンコ経験者の意見からの引用文です。

 「条例に否定的な意見を述べている人のなかに、酒タバコといった嗜好品への金銭消費や宝くじ購入といったものと一緒くたにしている人がいますが、このような人はパチンコ・パチスロをやったことのない無知な妄言だといわざるを得ません。パチンコのへ金投資額、は負けの日であれば1時間で2~3万円程度ととらえてもらっていいと思います。さらに当然1時間でやめるわけもないので、1日で5~10万円の負けはザラです。生活保護費を受給している人がこのような投資に耐えうるだけの資産があること自体不自然です。」

 このような水準でパチンコなどのギャンブルを生活保護費で行っているようであれば「慎む」、「維持できない」に該当するでしょう。

 そもそも、生活保護とは日本国憲法25条の「生存権」の理念に基づき国民の「健康で文化的な最低限度の生活の保障」のために制定された経緯があります。

 今回このような条例が制定された背景には、「健康で文化的な最低限度の生活の保障」と「自立を助ける」という生活保護本来の目的が果たせていない場合があることに対する市民からの疑問があるのではないでしょうか?

 厚生労働省によると、平成23年度の生活保護費の不正受給件数は、全国で約3万5千件、計約173億円で、ともに過去最悪でした。

 「監視強化ではなく見守り」

 「不適切な受給とは何かを明らかにし、自立支援という生活保護のあるべき姿を明確にすることで、受給者への社会の厳しい目を和らげる」

 現在の生活保護制度の仕組みに一石を投じる条例になれば良いですね……。

自転車のルールについて≪平成25年3月≫

 季節はすっかり春になりましたが、暖かくなったかと思えば厳しい寒さに戻ったり、はたまた春の嵐がやってきたりと慌ただしい天候の変化が続いています。そしてこの時期、慌ただしいのは天候だけではありません。年末年始の忙しさからほっと一息ついたのも束の間、今度は年度末から新年度へと移り変わる季節です。みなさん、今年の元日に立てた目標・抱負は覚えていますか?この節目に今一度見直してみるのも大事かもしれませんね。
 

 さて、新年度といえば新生活。色々と買い揃えてしっかり準備をしたいところです。毎年34月に売り上げがピークを迎えるものは多いかと思いますが、今回取り上げるものもそのひとつ。健康に良くて環境にも良い、エコな乗り物として最近注目されている…。

そう、自転車です!!
 車を運転したことが無い人でも、自転車なら一度は乗ったことがあるのではないでしょうか。
 

 そんな私たちにとって身近な自転車ですが、その手軽さゆえ問題も多く発生しています。自転車に関する主な法律は「道路交通法」として定められていますが、この内容を把握できている方は少ないのではないでしょうか(かくいう私も自信がありません…)。だって何より、自転車には免許が無いのですから。自分から知ろうとしない限り、教えてくれる場面はあまりありません。

しかし、自転車を利用する以上、ルールは知っておかなければなりませんよね。そこで今回はあまり知られていない「自転車のルール」についてお話しさせてください。

 自転車とその法律に注目が集まったのは、最近では平成206月の道路交通法改正のときかもしれません。このとき改正された内容は「自転車の歩道走行を一部許可する」というものでしたが、「そもそも自転車って歩道走っちゃいけなかったの?」ということで注目を集めたのではないでしょうか。

そう、自転車は立派な「軽車両」扱いとなります。車道を走らなければならないのです。

おっと、これはもう今や常識でしょうかね…。

ちなみに「軽車両」とは自転車、リヤカー、馬車などを指し、「軽自動車」とは異なりますので御注意を…。

 このように法律の整備は進んでいるようですが、しかしながら自転車に関する法律には分かりにくいものが多く存在しています。上記の法改正でも、歩道走行が許可される「例外」というのは以下の通りとされています。

・道路標識などで指定された場合

・運転者が13歳未満の子供、70歳以上の高齢者、身体の不自由な人の場合

・車道または交通の状況からみてやむを得ない場合

 一つ目は、標識を見れば分かるでしょうか。

二つ目はどうでしょう。利用者の自主性がとても重要なようです。それに、例えば65歳の方でも安全のために歩道を走りたいという方もいるでしょう。70歳以上と定める理由はあるのでしょうか。

三つ目、かなりあやふやです。私たちが「やむを得ない」と判断すればいつでも歩道を走って良いということになってしまいます。多くの自転車が歩道を走行している現状…。

 確かに、車道の状況を見るとやむを得ないのかもしれませんが…。

 あまり知られていない「自転車のルール」はまだまだあります。いくつか紹介していくこととしましょう。

・車道では左側を走行すること

・飲酒運転の禁止

・夜間はライトを点灯すること

・歩道で歩行者にベルを鳴らしてはいけない

 これらの項目はすべて、違反すると罰金もしくは罰則が適用されることになっています。最後の項目はテレビ等で取り上げられたりもしていましたね。自転車が車と同じ「車両」であることを思えば、自然と理解できます。車道ではそう簡単にクラクションを鳴らしませんよね。

 みなさん、いくつ御存知でしたか?こうして書き出してみると案外多くのルールが広く知られているのかもしれません。では、こちらはどうでしょう?

・自転車の制限速度は自動車と同じ

 原動機付自転車、いわゆる「原付」の制限速度は原則時速30キロメートルです。自転車はというと、軽車両には特別に制限速度が定められていません。つまり自動車と同じ、大抵は原付よりも上です。いくら自転車が車両とはいえ、これは不思議ですよね。

 というわけで「自転車のルール」、いかがでしたでしょうか。まだまだ奥深いところがありそうです。法律は最も基本的なルールですが、実際の場面においてはさらに私たち一人ひとりの気配り、マナーが大切です。まだまだ改善の余地がある分野ではあると思いますが、みなさんがこのことについて何か考えてみるきっかけとなれば幸いです。

学校の「評判」には振り回されないで≪平成25年2月≫

 もうすぐ3月の卒業シーズン、そして4月の入学シーズン到来ですね。
 既に新しい学校が決まって入学される皆さんはおめでとうございます。また、これから学校受験という皆さんにおかれては、どうかベストを尽くして頑張ってください。

さて、この学校についてですが、各人におかれては、様々な選択の理由があった事でしょう。それは、公立だから学費が低廉だとか、自宅からの通学距離が近いからとかは勿論、その学校の「評判」なども気になったはずですよね。

「評判」と言いますと、ある意味つかみどころのないところがありますが、ありていに言えば、この学校は偏差値が高くて、卒業生も良い大学・企業に進学・就職しているとか、この学校はスポーツに強くて、プロスポーツ・オリンピック選手を数多く輩出しているとか等々の積み重なったものとでもいえるでしょうか…。勿論、先生や生徒の醸し出す雰囲気や、学校それ自体の校風によって自然と創られているものも含まれるでしょう。

では、その評判は、どのようにして保たれるのでしょうか?

  平成24年年1223日。桜宮高校二年生のバスケットボール部主将の男子生徒が自殺するという大変痛ましい出来事がありました。彼が書き残した手紙には「教師による体罰が辛い」と記してあり、教師の生徒に対する体罰の問題が指摘されました。橋本大阪市長の声により、桜宮高校では問題が起きた体育科の入試が中止になり(その代わりに普通科に振りかえという代替案が採用され説明会も無事行われました)教師も総入れ替えするという話題も浮上しています。

この問題はまたたく間にマスコミを通じて全国に広がり、大阪の様々な中・高等学校の運動部顧問が集められ、元プロ野球選手の桑田真澄さんの講演会の中で体罰について指導されるなど、最早日本中の話題をさらう問題となりました。

  バスケットボール部主将の男子生徒が自殺する前の、平成23年年9月ごろ、バスケットボール部の顧問による体罰に関する情報が教育委員会に送られてきたそうです。教育委員会は自ら指揮を取り学校を調査しましたが、その調査の仕方というのは顧問に話を聞くだけで、部の生徒の証言を取ることはしなかったとのこと。「調査の手法が間違っていると思わない」と、永井哲郎教育長が述べていました。その後教育委員会は男子生徒自殺後の会見にて、遺した手紙に書いてあった「体罰が辛い」という文章については言葉を濁し、最終的には、「自殺と体罰の因果関係は明白ではない」と判断したとのことです。

  「自殺する以前は体罰のことは分からなかった、そのようなシグナルに気付けなかった」と桜宮高校の校長は生徒の死を悼み、悔やんではいましたが、学校側は自殺後間もなく男子生徒の遺族に対して「バスケットボール部の新人戦に出場してもいいか」などと尋ねたそうです。

今月5日には(これも賛否両論ありそうですが)活動停止中に体罰が確認され、更に常態化していたことが判明した男子バレーボール部、サッカー部、そしてバスケットボール部は顧問を交代し、体罰が確認されなかった他の部に対しても体罰をしないという誓約書を提出させることを前提に運動部の活動を再開させたそうです。

  こうして事件のあらましを見ていると、教育委員会と学校の対応は、後手後手に回ってしまっていますね。遺された手紙に体罰の事が明記されていることそれ自体の受け止め方の甘さ、問題があった部活を生徒の安全が確保できない状況で再開させることの甘さ等々、そこには、教師と生徒の信頼関係がきちんと再構築出来るまで部活動を停止させ、徹底的に指導してよりよい部活の場を提供するといった毅然とした態度が見受けられません。

  「評判」を落としたくないから…?

自分の学校で、私の母校で、体罰があった…。そのせいで勝てる試合にも出場出来ず負けてしまう…。そのせいで職場の中で笑いのネタにされている…。

 
 そもそも桜宮高校とはどのような学校なのでしょうか。

 知性・敬愛・活力を校訓としている大阪市立桜宮高校はサッカー場やテニスコートのある公園が近くにあり大変自然に恵まれた環境に位置しています。水泳の中野悟選手や女子柔道の立野千代里選手など、日本代表の選手をオリンピックにたくさん輩出しており、彼らのオリンピック出場記念碑も校内にあるそうです。部活も充実しており、文化系の他、野球やサッカーをはじめボートや剣道など14の運動部があるとともに、校内には、トレーニング施設や選手の動きを分析できるハイスピードカメラを設置した施設などがあります。

また、普通科、体育科、スポーツ健康科学科の他に普通科自立支援コースという、知的障害者を受け入れる枠を別に用意してあり、知的障害のある生徒たちが、社会的自立を図れるよう一人一人の教育的ニーズに応えた指導をしているのも特徴です。

 問題の起きたバスケットボール部は、強豪ぞろいの校内部活動の中でも別格扱いの強さだったそうで、その成績も凄いものがあります。全部はここに書ききれませんが、例えば、平成18年の全国高校総体(インターハイ)大阪大会5位、平成20年と平成22年の全国高校総体大阪府予選会で優勝という成績があります。

  全体として「スポーツに強い」という評判を得ていて、その中で、特に力をいれていて別格扱いしていたバスケットボール部でそのような事件が起きてしまうと、まさに「評判」に関わりますね。

今まで築き上げてきた栄光・実績・「評判」が一気に崩れてしまう…。

 「評判」に振り回される事無く、むしろ全てを認め、改善に努め、長い時間をかけて立て直すことが本当の良い「評判」に繋がるのではないのでしょうか…。

フェイスブック雑感≪平成25年1月≫


 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 「実家の近くにある○○に初日の出を見に行って、その足で□□神宮に初詣にいきました。□□神宮は写真のように、とても混雑していました。初日の出はとてもきれいでした。綺麗な初日の出に元気をもらい、今年も精一杯頑張りますので皆様よろしくお願いいたします。」―いいね!クリック……。

 これはSNS(Social Networking Service:ソーシャルネットワーキングサービス)を利用している方ならば、一度は目にしたり、あるいは、これと似たようなことを書き込んだり、そのような近況報告にいいねボタンを押したりしたことがあるのではないでしょうか。

 SNSはコンピュータネットワークが発達するとともに、1990年代後半に誕生し、2000年代から急速にその種類と利用者数が増加し、発展してきました。

SNSとは、インターネット上で社会的なネットワークを構築して、人と人とのつながりを促進するコミュニティ型の会員制サービス、あるいはそのようなサービスを提供するウェブサイトのことだそうです。ざっくりと言いますと、ネット上で人間同士の付き合いを助けるサービスとでも言うのでしょうか。チャットが出来たり、自分の好きなプロフィールを作成したり、メッセージを送りあったり、現実の世界よりも、より簡単に他人とつながることができ、同じ趣味趣向を持つ人同士でコミュニティを作ったり、参加できたりもします。

 そのSNSにはどんなものがあるのでしょうか。

かつて日本最多会員数を誇ったmixi(ミクシィ)(そういえば最近ニュースで会員数が減っているという話を耳にしましたが…)や、モバイルに特化したMobage(モバゲー)GREE(グリー)、世界最多会員数をほこり、創設者の半生が映画にもなったFacebook(フェイスブック)、それに次ぐ規模のMySpace(マイスペース)、LinkedIn(リンクトイン)など…さまざまなサービスが日々生まれています(書いている私も細かな違いは判りませんがね…)。

技術は日々進歩し、流行は風のように吹いてはやむ…。しかしながら、その享受する人間自体の能力までは大昔から変わっていない…。SNSによってインターネット上で新しい社会をつくることができたとしても、そこに完全適用して生活する、つまりすべての機能を理解して、新しく生まれた道具を使いこなして人とつながるのは難しいですよね…。私自身、仕事柄、多くの人々に自分の立場や主張を自分の言葉で伝えるのが使命であるわけですから、訴えかける対象は、現実空間に生活する人々に限らず、SNSなどを利用する人々も含まれるのが当然とも言うことが出来ます。しかしながら、日々進歩する技術や流行の1つであるSNSすべてを更新することができずに、かなり放置ぎみになっているのが現状です(継続的に取り組まなければ…、と分かってはいるんですけど…)

 このSNSフェイスブックについて感じたことですが、フェイスブックに登録したばかりの頃は、友達検索で懐かしの旧友を見つけて感動を覚えたり、心当たりのない人から友達申請がきて妙に疑心暗鬼になったり、好意的でない人から友達申請がきて承認するかどうか悩んだりしたことがありました。また、使い慣れてからは、楽しそうな写真で満ち溢れた友人の近況報告をみて羨ましく思ったり、見たくない情報を見て不愉快な気持ちになったりもしましたっけ…。また、学生さんにとっては、就活で内定獲得のために必要不可欠なツールになったことにより社会的な必要性を感じさせられたり等など…。

いずれにしてもフェイスブックなどのSNSを利用された方におかれましては、さまざまな経験をされたことかと思います。そのような経験を経てふと思ったのが、フェイスブックをはじめとするSNSを使いこなしているつもりが、実はSNSに翻弄されているところが多々あるなということですね(特に時間的に…)。どのようにネット上で人と人のつながりを維持して、SNSと付き合っていけばよいのか。はたして理想的な人と人とのつながりといったものは、ここにあるのか、無いのか…。
 

 いまのところ、SNSはなぜ人を惹きつけるのでしょうか。
 それはSNS特有の性格に理由があるのではないかなと思ったりもします。
 では、その性格とは「匿名性」でしょうか。
 

 匿名であれば自分の望むような発言ができ、好きな自分を作ることができますが、フェイスブックは個人情報の公開設定もできますからある程度の匿名性の要素もあると思いますが、基本実名登録ですので匿名性は当てはまらないかと思われます。

さて、フェイスブックアプリとして「シャチクのミカタ」というサービスがあります。会社の上司のフェイスブックをチェックするのは時間がなくて不経済だ、でも「いいね!」を押さないと印象が悪くなってしまう、という方のための、自動で「いいね!」を押すサービスです。このアイデアは一時期話題になりました(なんだか非常にシュールですね。なんと上司のネガティブな内容の近況報告にはいいね!を押さないように設定できるようです)。

これをみると、どうも人間には、おしなべて評価されたいという承認欲求があるように思われます。承認欲求が満たされること…。そのことがSNSの性格としてあるのではないかと思われます。同時に、そこからSNSにわずらわしさを感じていることも読み取ることが出来そうです。

 SNSを通じて自分の言いたいこと言って「いいね!」をもらう。もらえるとなんとなくうれしい。でもそのような人と人のつながりにわずらわしさを感じてしまう時がある。
 

 理想的なSNS上での人と人との付き合い方ってあるのでしょうか。

少なくとも適切な距離感を意識して付き合うことは大事でしょう。実生活では、人と人の適切な距離感は、場所などの物理的な隔たりや年齢など時間的な隔たり、職業・性別など身分的隔たりなどと、人の声や身振り、表情などを総合的に読み取ることで実感していくもので、人は成長するにつれてそれを学んでいきます。自分と家族、自分と同僚・仲間、自分と上司。これらの間では、とるべき距離感もおのずと違ってきますし、距離感がわかればとるべき行動、言動も変わってくるでしょう。適切な距離感に基づく態度、行動をとることができれば、それが信頼につながり、深い付き合い、生涯にわたる友達も作ることができるでしょう。

フェイスブックなどのSNSは、写真や文字を中心にしたコミュニケーション手段で、相手の顔や息遣い、声の調子を読み取ることが難しく、さらに何年も会っていない人やそれほど親しくない人とも簡単に「友達」になることができてしまいます。ここでは、どうやら適切な距離感を読み取りにくいように思われますね…。相手を選ばず友達申請したり、他人が見ているにも関わらず無配慮な発言や投稿したりすることの原因もそこにあるのではないでしょうか…。実生活での人と人の距離感を忘れないこと。これがSNS上でもよい人間関係を構築する為のポイントかもしれませんね…。