2014年3月31日月曜日

ロンドン・オリンピック・パラリンピック≪平成24年8月≫

 謹んで残暑お見舞いを申し上げます

平成247.27日から812日まで、4年に1度のスポーツの祭典オリンピックが、イギリスはロンドンにて開催されました。ロンドンでは過去に2回オリンピックが開催されており、史上初の3回目のオリンピック開催となったとのこと。加えて、前回の中国の北京にて開催されたオリンピックと比較してみますと、何よりも環境・エコに配慮し、また、会場からの選手村への距離や、交通面でのアクセスなど、コンパクトな設営と運営などの点が対照的なオリンピックだったといえそうです。
もちろん、開会式をデジタル映像で誤魔化すようなこともなかったでしょうし、いわゆる口パクもなかったみたいですね(失礼)

 
 さて、実際の競技の方はどうだったでしょうか。皆さんのご関心は……?

私の場合は、何と言っても毎回金メダルを量産してくれる「柔道」を注目してみていましたっけ。
 その柔道ですが、大会の序盤では男女ともに『一本』を狙う柔道でなく『ポイント』を狙う、いわゆる『JYUDO』に苦しんでいたようです。

女子の方は、意外にも金メダル最有力候補と言われていた48キロ級の福見友子選手、52キロ級中村美里選手が早々と姿を消してしまい、これまで軽量級で稼いでいたメダルを逃してしまいましたが、その一方で、女の子であるにもかかわらず「オオカミ」とか「野獣」、または「アサシン(暗殺者)」などとあだ名をつけられている57キロ級の松本薫選手が金メダル第一号を獲得してくれました。
その夜は、私もライブ中継を見ていましたが、その鬼気迫る表情と余念のない準備、そして相手選手を追い詰めたり、場外へ逃れるのを阻止すべく柔道着を引っ張ったりする試合内容に感動したのを覚えていますし、メダル獲得後のインタビューで、「金メダルを獲得した今、まず真っ先に何がしたいですか」との質問に対して、「パフェが食べたいです」との回答の中に、今時のうら若き女性の片鱗を感じたりもしました(私も何故かホッとしましたっけね…)
その後は、63キロ級の上野順恵選手と78キロ超級の杉本美香選手が、それぞれ銅1個、銀1個を獲得してくれるなど、押し並べて女子柔道の方は善戦してくれたと思います。

問題は男子の方です。

男子柔道の監督、鬼の篠原信一氏の愛弟子で、最も金メダルを期待された100キロ級の穴井隆将選手をはじめとして、ことごとく金メダルに届かず、結局、男子は、60キロ級の平岡拓晃選手と73キロ級の中矢力選手が、それぞれ銀メダルを、66キロ級の海老沼匡選手と90キロ級の西山将士選手が、それぞれ銅メダルを獲得してくれたのみでした。

男子柔道史上初の金メダルなし。

日本人にとっては何という衝撃的な結末でしょうか。
不可解な判定が多かったのも事実ですが、重要課題の残ったオリンピックの柔道競技でした。そもそも、このポイント『JYUDO』の対応に関しては、北京大会以降幾度となく取り上げられた課題だったはずです。それが、今回も解決したようには受け止められず、見ている我々日本人からすれば、本来の相手を投げる等、一本を取る『柔道』と『JYUDO』の違いに歯がゆい思いをしたのではないでしょうか。

 
 前回の北京オリンピック以降、支援体制が見直されたフェンシングや卓球、そして女子サッカーなど、次回の平成28(2016)、ブラジルで行われるリオ大会が楽しみな競技が増えたのは、良かったですね。
 今から平成28(2016)を迎えるのが楽しみです(だいぶ気が早いですけど……)
 

 特に、平成23(2011)のサッカー・ワールドカップ・ドイツ大会で優勝した「なでしこJAPAN」は、惜しくも金メダルを逃してしまいましたが、強豪アメリカに対して互角に渡り合えるレベルに達したのは、彼女達の努力の賜物であるのは言うまでありませんし、金銭面や競技面での支援なども功を奏したからでしょう。今後は、代表引退を表明した澤穂希選手抜きでどこまで結果を出だせるのかに関心が向くとともに、当分の間、これからの女子サッカーは見逃せませんね…。「ヤングなでしこ」の成長も含めて、リオ大会こそ金メダルを取って欲しいと思います。
 

 また、女子卓球が団体で銅メダルを獲得してくれました。福原愛選手、石川佳純選手、平野早矢香選手のうち、特に、石川選手はまだまだ若手ということもあり、これまた平成28(2016)のリオ大会でのメダル受賞が大いに期待されますね。
 

 今回最も感動したのは、サッカー男子のU-23日本代表のグループリーグ初戦のスペイン戦での勝利です。ワールドカップと欧州選手権の連覇を成し遂げたメンバーの一部が、ロンドン・オリンピックのメンバーにも名を連ねており、そのそうそうたる豪華メンバーのいるスペインに勝ったわけですから…。
 既にご案内のように、この試合は、試合地の名をとって『グラスゴーの奇跡』と言われたりもしています。日本は23歳以上の選手を3人まで招集できる、オーバーエイジ枠で招集された北京大会の経験者吉田麻也選手、アテネ大会の経験者徳永悠平選手を中心に、出来すぎるまでのまとまりを見せ、いわゆる『ジャイアント・キリング』を起こしてくれました。世界に大きな衝撃を与えるとともに、私たち日本人全員が誇りに思う出来事でした。

 ただし、全くもって残念な出来事もありました。それは、3位決定戦で日本が敗れ、勝利した韓国の心無い一選手(パク・チョンウ)が、竹島の領有権を主張するプラカードをグラウンド内で掲げ、全世界にアピールした件です。せっかくのスポーツの祭典も台無しになるとともに、オリンピックはあらゆる政治活動の禁止を謳っているだけに残念でなりませんでした。
 韓国におかれましては、是非とも、「グラウンド」ではなくして「コート」(国際司法裁判所)に出てきて主義主張を訴えて欲しいものですね…。

視察の大切さ≪平成24年6月≫


 611日と12日、この一泊二日でもって久しぶりの視察に行って参りました。


初日の視察先は「青梅市役所」「才教学園小・中学校」。翌日の二日目は「箕輪町」です。


 「青梅市役所」への視察は、平成22年に出来上がったばかりの青梅市役所の建物や機能それ自体の視察が目的です。今まさに豊島区が新庁舎整備を着実に進めているなかにあって、直近に出来上がった近隣自治体の庁舎にたいする観察はとっても重要です。


実際の市役所の外観は、ガラス張りを基調とした透明感に満ち満ちていましたし、また中を拝見させて頂くと、まずはゆっくりと座れる椅子と応対カウンター、その後ろに敷居としても、また事務処理の為にも活用するハイ・カウンター型デスク、その奥にようやく職員の皆さんのデスクが並んでいました。このような陣立てだと、市民がカウンター越しに職員のデスクワークぶりを目の当たりにする事無く、また、職員の方からも落ち着いて仕事が出来るとともに、じっくりと市民と応対できるというメリットがあるとの事です。

この窓口業務エリアだけを見ただけでも、行政サービスのワンストップ化をトコトン追求するとともに、計画的に一階に窓口機能を集約したことがうかがい知ることが出来ました。
 

さて、その青梅市です。

当日案内してくれ職員の方によりますと、秩父多摩甲斐国立公園の玄関口に位置しており、自然環境や文化財に恵まれた、人口約14万人の都市だとの事。また、なんでも市政運営の根幹となる計画として、第5次青梅市総合長期計画(平成15年度~平成24年度)なるものがあり、ここで、「豊かな自然、快適な暮らし、ふれあいの街青梅」を市の将来都市像に定めているそうです。

今は新しい庁舎の下、その実現に向けて、市民の皆様とともに歩みを進めているそうですが、視察中はずっと、「豊かな自然」「安全・安心」「ふれあい」をテーマに、「暮らしやすさ日本一」を目指し、住んで良かったと思われるまちづくりに取り組んでいます!!ときっぱりと言いきる案内担当職員の方にはつくづく感心させられっぱなしでした。

新庁舎についても自信満々・・・・・・、訪れるすべての方が利用しやすい庁舎を基本として、ユニバーサルデザインやバリアフリー化を極限まで推進した!!との事でした。
また、免震構造を採用し、災害時の防災拠点としての機能も持たせているほか、太陽光発電、地熱利用、自然換気システムを取り入れるなどの環境にも配慮した庁舎となっているとの事です。
 加えて、庁舎前庭には芝生を植え、ベンチも備えてありましたので、市民の憩いの場として、さぞかし愛され、利用されている事かと思います。

 初日の午後の視察先は今話題になっている松本市にある「才教学園」です。

才教学園は、今年で学校創設7年目という、かなり若い学園でした。到着するなり学校長の山田先生が応対してくれまして、開口一番、校長先生曰く、設立時の時代状況は、日本のみならず世界的にも変革期にあたっていて、「大いなる夢と強い強靭な意志を持った若者を育てたい」という強い想い(『志教育』)で設立に向かって一心不乱で取り組んできたとの事でした。
本当にしゃべるのが好きな(失礼!)校長先生です。

 ~創設してからの6年間は、まさに驚嘆と感動の連続だった…。
  子供たちは、大人が頭で考える常識や限界を簡単に打ち破る存在です。
  まっすぐに成長し、「可能性は青天井である!」ということを自ら教えてくれる。
  本学園は9年間の志教育トータルシステムに取り組んでいます。

  人間としての両輪である人格と学力をより高めていきます。
  人格面では、志を育てる4年・4年・1年のステップシステムが完成。

  学力面では、より高度な学力を身につけさせるため、高い吸収力、向上心、好奇心を持って学  
  んでいる子供達に、よりハイレベルな授業を提供。
  例えば、国語においては、論理的思考力と問題解決力を養う「表現」講座を設定。英語におい  
  ては、中学3年生で全員が英語を話せる独自のカリキュラムを策定。算数・数学では中3で、高
  2までの範囲を学ぶ~

  授業中の教室の中に入ってまでの視察を許してくれましたが、そこから感じ取れた事は、この学園のもつ教育への揺るぎない自信と言ってよいでしょう。学園創設以来、学習指導では常に目標を明確にし、チャレンジ精神を養わせてきたそうですが、そこから生まれるのは、知的好奇心で目を輝かす大勢の子供達だそうです。
 また、会津ファンの私にとって嬉しかったのは、校長先生の口から、会津藩の藩校である「会津日新館」教育の本丸「じゅうの誓い・教え」が出てきた事です。
 


 ~教育環境づくりにおいては、「ならぬことはならぬ」「当たり前のことを当たり前にできるように」  
  と、子どもたちに厳しく接しています、と~

 これからの才教学園に大いに期待したいですね…。
 

 視察の二日目は、「箕輪町」を訪問してまいりました。

 箕輪町が、2009年に認証取得した「セーフコミュニティ」の実施状況について意見交換してきました。ここでの私たちの最大関心事は、何と言っても既に認証取得している箕輪町が、その再認証獲得に向けて、一体どのような努力と対応・対策をしているのかということでした。セーフコミュニティはその認証取得も大切ではあるものの、その継続が重要かつ大変であると聞き及んでいますから、この辺りのところを箕輪町と共に連携して対策を練っていくことが望ましいでしょうね。

高校教科書検定の評価は?≪平成24年4月≫

 ようやく来年(平成25年度)の春から高校で使われる教科書の検定が終わりました。
 まずは関係各位の御苦労に感謝申し上げます。
 もっとも、今回の検定もそうですが、所々の記述に関しては、相も変わらず文部科学省の検定基準に疑問の声が上がっているところです。

まず残念で仕方がないのが、大阪府などが進めている国旗掲揚や国歌斉唱の義務づけを「強制」と表現した教科書が合格してしまった事でしょう。学習指導要領に基づく教育を行うための取り組みを「強制」とする記述は問題であって、今からでも記述を正すべきだと思います。
例えば、実教出版の日本史Aでは国旗国歌法を当初、「政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし現実はそうなっていない」と記述していました。それが、検定では「しかし」以下を「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」と修正し、これがパスしたとの事です。特定こそしていませんが、教職員に国歌斉唱時の起立を義務づけた大阪府や大阪市の条例化の動きを指すことは明らかでしょう。文部科学省は「誤った記述とまでは言えない」としていますが、何よりも生徒に誤った見方や印象を抱かせる恐れが強く、不適切な表現といわざるを得ません。学習指導要領は、国旗、国歌への正しい認識を生徒が身につけるよう指導を義務づけています。また、最高裁も式典で教師に起立を促すよう命じる職務命令を「合憲」とした判決を下しています。にもかかわらず、教科書がこんな記述では、生徒に正しい指導など出来るはずがありません。文部科学省が行っている指導との矛盾も明らかで、教育現場への影響が心配されます。

 一方、とっても評価出来るのが、山川出版社が日本史Aで南京事件の記述を見直した事です。犠牲者数に諸説あることを紹介し「その実情は明らかではない」としていた現行記述に、「学者のあいだでは、30万人説は誇大な数字と考えられている」と付け加えた事です。これは中国の主張に明確に疑問を呈したもので、よくぞ正論を記述してくれたと思います。他社の教科書が依然として「南京大虐殺」「大虐殺」といった表現で検定合格している中で、最新の研究結果を取り入れた同社の記述には注目したいですね。

 普天間飛行場の移設など長年揺れ続ける沖縄の米軍基地問題。
 今回も現代社会など21冊で取り上げられていますが、多くの教科書で「沖縄には在日米軍基地の75%(または74%)が集中」という記述があります。しかし、防衛省によりますと、在日米軍の施設・区域の総面積は平成2411日現在、102709ヘクタール。そのうち沖縄は23176ヘクタールで全体の22.6%。「75%」という数字は日米地位協定に基づき米軍が使用する自衛隊などの区域を除いた「米軍専用基地」が沖縄に占める割合であり、教科書で一般化した「75%」の記述は説明不足で誤解を招く表現といえそうです。
 拓殖大学の恵隆之介客員教授はある月刊誌の中で「沖縄の基地被害をことさら強調するため、左翼活動家を中心に、好んで使われている数字であり、文科省は検定意見を付けるべきだ」と指摘しています。

領土問題については、地理の7冊すべてが島根県の竹島と沖縄県の尖閣諸島を掲載するなど、現行の教科書に比べ、取り扱う発行社が増えてくれました。現代社会と政治・経済では、現行版は竹島、尖閣とも31冊中20冊で割合は7割に満たないですが、合格教科書は竹島が13冊中10冊、尖閣は13冊中11冊が記載し、7割を超えています。
学習指導要領の解説書は、具体的にどの領土を扱うか明示していませんが、229月に尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件などが影響しているのは明らかでしょう。

教科書レベルの動きとはまた別に、新たな動きが教材レベルでありました。
それは、日本が対米戦争を始めたのは「自衛(安全保障)」のためだったとする連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官、マッカーサー元帥の証言が東京都立高校の教材に掲載されたことです。
日本を侵略国家として裁いた東京裁判を、裁判の実質責任者だったマッカーサー自身が否定したものとして知られる同証言を、公教育の教材が取り上げるのは初めてとのことです。これこそ生徒に先の戦争を多角的に捉えさせ、考えさせる機会として期待される動きですね。昭和の戦争での日本を「侵略国家だった」と断罪した東京裁判に沿う歴史観は、「日本国民は…政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」で始まる憲法前文にも反映され、「軍隊を持たず」という国際社会でも異質な国家体制の前提となってきました。歴史教育は「贖罪(しょくざい)史観」一辺倒となってしまい、子供たちの愛国心を育んできませんでした。その歴史観が絶対ではないことを示すマッカーサー証言の公教育での教材化は、戦後日本の在り方に一石を投じるものと言えそうです。
そもそもこの証言は、朝鮮戦争で国連軍やGHQの司令官職を解任されたマッカーサーが1951年5月3日、米上院軍事外交合同委員会の公聴会に出席し、朝鮮戦争に介入した中国への対処に関する質疑の中で言及したものです。連合国側の経済封鎖で追い詰められた日本が、「主に自衛(安全保障)上の理由から、戦争に走った」と述べたのです。
証言は、江戸時代から今日まで約400年間の東京の歴史を盛り込んだ「江戸から東京へ」と題する教材に英文で掲載されます。都立高に限らず、他の学校でも取り上げてほしい貴重な証言です。現代史の授業は、戦勝国が敗戦国日本の戦争指導者を一方的に裁いた、極東国際軍事裁判(東京裁判)に基づく歴史観によって行われる傾向が強いと言えます。多くの教科書も、満州事変から日米戦争までの一連の出来事を日本の「侵略」と捉えた書き方となってしまっています。
しかし、東京裁判の判決は必ずしも歴史の真実ではありません。
いわゆる「南京大虐殺」をめぐって、旧日本軍が約20万人の中国軍捕虜や市民を殺害したと認定されたが、その後の実証的な研究により、「20万」が誇大な数字で、「大虐殺」が中国側の反日宣伝だったことも明らかになっています。東京裁判では、インドのパール判事が日本の無罪を主張し、事後法で裁いた裁判自体を批判したことは有名です。
社会科の教師はこれらに関する文献も調べ、何よりもバランスのとれた授業を行うべきでしょう。現行憲法はマッカーサーらGHQが草案を作り、これに日本側が修正を加えたものですが、子供たちはあまり知りえてはおりません。その原因の一つとして挙げられるのが、教師が制定過程を詳しく理解しておらず、かつ正しく伝えていないことです。憲法の平和主義の理念ばかりを唱えるのではなく、中国の軍拡や北朝鮮の核開発などの脅威に対処できなくなっている憲法の欠陥も、子供たちに分かりやすく教える必要があるのではないでしょうか。

 こうして教科書が徐々にではありますが健全化の流れの方向に向かいつつあることは有り難いですね。

ダイエットと食事≪平成24年1月≫

 年が明けて、いよいよ新年会シーズンが到来します。まずもって飲みすぎや食べ過ぎで体調を崩さないよう、どうぞ皆さんご注意ください。
 

 さて、この時期、最も気になる事はと言えば・・・・・・。
 無承認の「やせ薬」を販売目的で保管していたとして、健康食品販売会社の社長と役員が逮捕された事件がありました。
 なんでも無承認薬を「筋肉は増強。脂肪を効率よく燃焼させる」「内臓の脂肪をドロドロに溶かす」などと上手い事を言って販売していたそうで、逮捕後も2人は「医薬品として効能・効果をうたうと本当に良く売れた」などと嘯いているとの事です。平成2211月から239月までの間だけで、少なくとも約3570万円をこの無承認薬で売り上げていたそうで、まったくもって許せない犯罪と言うことができます。

しかし、その一方で、これぞまさしくダイエットの正道!!・・・・・・、と私自身が思う動きが最近ありました。それは、健康機器大手のタニタが、健康メニュー・ヘルシーランチで知られる同社の社員食堂と同じメニュー・同じ味を提供する「丸の内タニタ食堂」を、東京・丸の内の「丸の内国際ビルディング」の地下一階にオープンしたことです。
なんでもベストセラーになったレシピ本の愛読者の皆さんから「実際に食べてみたい」との要望が殺到したので、まずは健康管理に悩む人が多いオフィス街で展開することにしたとか・・・・・・。店内はセルフサービス。白米のよそい過ぎを防止するため茶碗(ちゃわん)の内側に100グラム、150グラムをそれぞれ示す線を引いた気のききよう。また各テーブルには同社製の小型計量器とタイマーを設置。1食約20分間を目安として提示し、利用者が食事にかける時間を自由に計れるようにしているという、まさに至れり尽くせり・・・。新聞報道によれば大盛況のスタートとなったとか・・・。
また、開店前の記念式典でタニタの谷田千里社長は「この食堂から少しでも日本を健康に、元気にしたい」と抱負を述べたそうです。ここでの営業それ自体は、平日の午前11時から午後3時までで、メニューは日替わり定食(800円)と週替わり定食(900円)の2種類だけ。ただし、いずれも500キロカロリー前後で、塩分も見事に約3グラム前後に抑え、野菜を150-250グラム使用するそうです。健康ランチを早速味わった利用客の感想も「食事に20~30分かけるといった正しい食べ方を知った」とか、「味も満足でまた来たい」と、積極支持派となっています。
今後のタニタの戦略としては、外食を手がける「きちり」と業務提携して食堂を運営し、丸の内のような都心をはじめ、企業の社員食堂や大学の学生向け食堂への展開もしていくそうで、その為にも年間20店舗を目安にして出店を進めるようです。池袋にはいつ頃出店してくるのか楽しみです。
 タニタはこれ以外にも、20代から30代の女性をターゲットとした携帯型ダイエットサポート機器「カロリズムダイエット」と「カロリズムレディ」を発売していますね。いままさに拡大傾向にある携帯型美容機器市場を意識してか、デザインやカラーに凝ったのが特徴と言われています。
 このカロリズムダイエット、カロリズムレディは、私自身は持ってはいませんが、使っている人の感想を聞くと、「着ている服にマグネットで装着したり、チェーンをつけて首から下げることで1日の消費エネルギーなどが本体のモニターに表示される優れもの」とか「目標の減量数値を入力すると必要な消費カロリーや摂取カロリーが示されるから便利」とか「達成度が高い傾向にあれば消費カロリーの目標設定を自動的に高めるなどの調整機能も働く」など、ここでも支持派の声が強いです。

 こういった流れとは別に、「コーヒー浣腸」なる美容ダイエットが問題になったこともありましたっけ・・・・・・。「体がきれいになる」「体がスリムになる」などと言葉巧みに持ちかけて、便秘などで悩んでいた女性患者らに、医師でないにもかかわらず浣腸器具で肛門からコーヒーを注入したとして、千葉県警に元診療所経営者ら3人が、医師法違反で逮捕された事件がありました。
 この“コーヒー浣腸”なるものは、欧米のセレブも採用していたとされる美容法らしいですが、科学的に効果が実証されていない上、失敗すれば体を傷つける恐れがあるともっぱらの評判でした。
 新聞報道によれば「代替医学総合学院」と看板に書かれた診療所内には、器具や薬品らしき液体が入った無数の小瓶が雑然と並んでいたそうで、ここで実際に行っていたコーヒー浣腸というものを説明しますと・・・・・・。
 まずは、成分調整されたコーヒーを使用し、それを10倍に薄めた上で、体に負担がかからないよう体温に近い36度に温める。
 そして浣腸器具に薄めたコーヒーを入れ、器具の先端を潤滑油を使って肛門から内部に310センチ挿入する。男性には約1リットル、女性には約500ミリリットルを流し込む、というものだそうです。そうすると腸内の便やガスの排出を促す効果があるとか…。
 さて、コーヒー浣腸は「コーヒーエネマ」という名称で美容法として採用している人も多く、某国王室関係者ら世界中の多くのセレブも採用していたとされます。
 日本国内で先駆けてコーヒーエネマを紹介している某健康食品販売会社によると、コーヒーエネマは約70年前にドイツで開発され、自力で出せない老廃物をきれいに排出し、美容や免疫力の上昇に効果があるとのこと。使用するコーヒーにはミネラルや酵素など天然成分が含まれており、普通に飲んでも効果があるといい、全国の老若男女から多くの注文を受けていると言います。
 ただ、この事件で取材を受けた同社曰く・・・・・・。
 「コーヒーは飲んで摂取することを推奨している。器具も売ってはいるが、どのように摂取するかは客自身の責任で任せている」と説明。さらに「そもそもコーヒーエネマは自分でやるもの。他人にやってもらうものではない」と語っています。
 浣腸のほかに研究所で行われていた治療法には医師免許が必要なものはなく、浣腸以外の違法行為も確認されていないようで、しかも健康被害などの報告もないと言います。
 しかし、そもそも素人による浣腸という考えられない行為をやっているうえ、それをビジネスにするなんてとんでもない話です。
 ダイエットしたい方々や患者さん達も、手法や治療法、そして診療所を選ぶに当たっては、しっかりとした定見が必要でしょうし、そもそもダイエットは、食事でするのがよろしいのでは・・・・・・?

従軍慰安婦について≪平成23年12月≫

 とうとう韓国ソウルの日本大使館前に、「元慰安婦を象徴する『少女の像』」が設置されてしまいました。その一方では、我が国東京で、霞が関の外務省前で元慰安婦を支援する「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動2010」などが集会を開いて「慰安婦問題」を訴え、シュプレヒコールを上げたところ、日の丸を掲げた団体に拡声器などで猛烈に抗議され、終いには、トラブル防止で警備していた警察官ともみ合いになるなど、ものものしい雰囲気が漂ったとの事です。

さて、問題の碑の建立計画は今年に入って本格化したそうです。韓国の設置団体側は、国内の所管の役所などへの働きかけを進め、7月に概要を公表していたとの事です。何でも碑は高さ約120センチの少女の像に空席の椅子が並ぶデザイン。しかもこの碑を「平和の碑」と名付けたそうで、ここを訪れた人に、像を隣に記念写真を撮ってもらいたいと主張しているそうです。

この碑については、韓国の憲法裁判所が今年の夏頃、元慰安婦の賠償請求権をめぐる韓国政府の努力不足を違憲と判断していることや、設置団体側の活動が聖域化していて批判の対象となりにくいことから、韓国政府自身、撤去を働きかけるのは難しいとみるのが一般的です。

それに対して、我が日本の姿勢です。藤村修官房長官は、「在韓日本大使館前に『慰安婦の碑』を建立したことに対して韓国政府に建設中止を申し入れてきたが、建設が強行されたのは誠に残念である」として、引き続き碑の撤去を求めることも含め韓国政府に抗議する考えを、一応は示しています。しかし、同時に、藤村氏は、近じか予定されている李明博大統領の訪日日程について変更はないと言っていますから、野田佳彦首相と李大統領の会談については、あくまで大きなテーマの話をするわけで、野田首相が碑建設問題に対し強い抗議は行わないことになるでしょう。
 そもそも慰安婦の方々のほとんどは、契約に基づいて商売をしていたのであり、さらにその多くは朝鮮側の業者によって集められた女性達です。しかし、宮沢内閣の謝罪と河野談話が決定的根拠となっており、これで韓国は官民ともに、本来ならその大部分が虚構に過ぎない「慰安婦問題」を外交カードとして利用し続けているのが現状であると言って良いでしょう。
 ここのところを、朝鮮総督府の事務官として仕え、当時の実情をよく知る大師堂経慰氏は、この虚構がいかにでっち上げられ、独り歩きを始めたのかを整理して提示したうえで、自身の体験をもとに、次のように記しています。

「婦女子の強制連行がなかったと思う根拠の第一は、もしも婦女子の強制連行があったとすれば、その目撃者は強制連行された者の何倍もいたはずだし、いかに戦時中であっても大きな抗議運動が展開されて当然であるはずだが、目撃証言も抗議運動も一切なかった事実である」「この傍証として、昭和4年の光州事件を取り上げる。日本人中学生が朝鮮人女学生をからかったことが原因で、大規模な学生抗議運動が起こったのである」「からかっただけで学生抗議運動が起こる土地で、婦女子を強制連行したらどうなるか。常識で考えればわかるではないか」
 それにしても、なぜ今頃になって慰安婦の賠償問題が蒸し返されるのでしょうか。
 日本はいかに考え・整理し、対処すべきでしょうか。

まず、歴史的事実として、慰安婦は公権力による動員や強制によるものではなかったわけですから、国家による賠償や補償の対象ではありません。戦前、日本軍が駐屯していた戦地に慰安所があり、慰安婦という女性らが存在していたことは歴史的事実ですが、多くは貧困による「身売り」がその背景にあり、賠償責任が発生する公権力による動員や強制はありませんでした。
また、仮に賠償責任があったとしても1965年の協定で解決しているはずです。1965年、日韓両国が国交を正常化した際、韓国は日本から無償3億ドル、有償2億ドルの資金を受け取っているのです。そのとき両国が締結した「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する協定」第2条の1項で「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、195198日にサンフランシスコ市で署名された日本国との平和条約第4(a)に規定されるものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」とされています。
さらに、日本統治時代の韓国人らの個人的補償は韓国の国内問題に過ぎません。個人補償金も含めて日本から受け取った無償3億ドル、有償2億ドルの使い道は、韓国が独立国として自主的に決めたのです。当時の日本外貨準備は18億ドルであり、韓国の外貨準備は13千万ドルで貿易赤字が29千万ドルだったから、5億ドルという資金の大きさが分かります。韓国政府はそれを浦項製鉄所、昭陽江多目的ダム、京釜高速道路、農業近代化、中小企業育成などに投入し、韓国政府の計算によると10年間の経済成長寄与率年平均20%、経常収支改善効果年平均8%という輝かしい実績を残しました。
最後に、元慰安婦にもまた徴兵徴用者にも、すでに韓国政府が金銭的支援を実施しています。1990年代初め、朝日新聞の意図的誤報などにより慰安婦問題が日韓の外交懸案に浮上したとき、韓国政府は日本に対して強制性の認定と謝罪を求め、元慰安婦への金銭的支援は韓国政府が行うという姿勢を明確にしています。19936月に制定された「日帝下、日本軍慰安婦に対する生活安定支援法」などにより韓国政府は元慰安婦に対して生活支援金や一時金の支給を行っています。補償の対象から外れてきた元徴用労働者らについても200712月に制定された「太平洋戦争前後の国外強制動員犠牲者など支援に関する法律」で同様の国内支援金が支払われるようになっています。
 もう日本は、「事なかれ」的に謝罪を繰り返し、「慰安婦強制連行」の虚構を放置することはやめるべきです。さもないと、いつまでも謀略勢力につけ込む隙を与えてしまいます。地政学上も大事な日韓関係に軋轢の種を残さない為にも、未来志向の関係にシフトする為にも、虚構の排除策に早急に取り組むべきです。歴史・公民教科書、竹島、従軍慰安婦など等、様々な問題が日韓関係に影響を及ぼしていますが、性根を据えて、粘り強く、事実を摘示し続け、真実と正論を訴え続けるしか打開する道はありません。

被災地の視察を終えて(後篇)≪平成23年10月≫


 
 先々月号から触れている東日本大震災と津波による被災地を中心とした視察。

まずは、その視察二日目の96()ですが、宿泊先で朝食をバイキングで済ませた後に、午前750分には同ホテルをチェックアウト。約2時間をかけて訪問先である【釜石市役所】に向かいました。到着後は同市の職員の方々と約1時間30分ぐらいの意見交換をさせていただきました。まずは被害のあらましですが、釜石市は最大震度6弱で、824日、1000の時点で、死者882名、行方不明221名、負傷者不明という事、また家屋倒壊数(全壊+半壊)は不明との事でした。ここでは、市民生活部の山田守防災課長と総務企画部の新張英明総合政策課長のお話がとっても参考になった…、と言いますか、切実な訴えとして受け止めさせてもらいました。山田課長からはこの日までに把握している被害状況に関しての総論的な報告があった後、率直な感想を聞かせてもらいました。「このような甚大な被害に遭って、全国各地から様々な支援を頂戴したが、特に姉妹都市の存在が一番有難かった。その一方で国や県はあまり役に立ってくれませんでした」「当日は議会の真っ最中で、これまで感じたことのない巨大なゆれが来て市内は車で大渋滞となってしまった。その30分後に津波が壁の様に迫ってきました」「その一部始終を市役所の屋上から見ていましたが、その後は市役所は完全に停電。職員と議員の多くが、ここに3日間閉じ込められてしまいました」「ちなみに今現在、警察官200人体制でもって死者・行方不明者を探していますが、その一方、市内の小学生・中学生の死者は、防災教育に力を入れていたお陰でゼロ、これは世間では『釜石の奇跡』と言われています」と。また、新張課長からは、「まずは『不堯不屈の精神』と『希望』を掲げました」「今回の被災を契機に、これからは防災というよりも減災の取り組みにシフトしていきますが、その際『多重防御』という観点が大事と考えています。例えば、津波の来ない地域に道路(三陸縦貫自動車道)を作るなど…。ちなみに防波堤・防潮堤は国・県の仕事なので、早く方向性を出して欲しい」と。このお二方以外にも、議会事務局の岡崎貞夫事務局長、同じく伊藤修治議事係主任が同席されて、何点かの体験談を披歴してくれましたが、その一つひとつのエピソードが、命と紙一重のところで巻き起こっている事柄であることがヒシヒシと伝わってまいりました。ご案内の通り釜石市は、近代工業の幕開けの地と言っても良い土地柄ですから、是非ともものづくりの推進や、海洋研究をしっかりした上での水産業の復活・漁業の復興を、近代産業の原点がここにあるという自負心・気概をもって達成してもらいたいものです。午後、昼食をとった後は、約1時間半をかけて次の訪問先の【大船渡市役所】へ向かいました。到着後は、ここでも約1時間半にわたる意見交換をしました。

まずは被害のあらましですが、大船渡市は最大震度6弱で、812日の時点で、死者331名、行方不明者117名、負傷者不明という事、また家屋被害総数は5,083棟との事でした。さて、到着して議長応接室に通されると、佐藤丈夫市議会議長に応接していただき、その後は同市の一般市民が撮影した被災動画を、議会事務局の三浦勝朗局長の解説を頂戴しながら視聴しました。意見交換の中では、831日に解散した災害対策本部に代わって組織された災害復興局の佐藤高廣局長がしっかりとした復興スケジュールを教えてくれました。「既に災害復興計画を策定して、その説明会・勉強会を随時展開して市民の合意形成をしている。10年計画を前期(3)・中期(3)・後期(4)と分け、そこの中で課題設定・目標・方針・施策の4つの視点・柱を立てています」と。意見交換会後は、市役所前に停めてあった練馬区から寄贈されたというトヨタのプリウスをシゲシゲと見ながら、市役所職員さんに案内されて豪華客船が停泊しているという港を視察して大船渡市を後にしました。

次に、視察三日目の97()ですが、宿泊先をチェックアウトした後、数分のところにある世界遺産奥州平泉観光協会を訪問しました。ここでは観光協会の畠山勝彦事務局長が親切に応対してくれるとともに、急遽、平泉町の菅原正義町長との懇談をセッティングしてくれました。菅原町長からは、町おこしに対する意気込みを、畠山事務局長からは、まさにご自身がここで生まれ育ったことからくる郷土愛を、それぞれ感じ取ることが出来ました。畠山事務局長からは、「311直後4月中旬ぐらいまでは観光客はゼロ。それが4月下旬から徐々に、そして5月の連休中にようやく3万人弱が来てくれた」「やがて625日の世界遺産になってからはこれまでの5割増しの観光客が来るとともに、放射能の絡みで福島県に行けなくなった観光客が平泉に来ると言うパターンも生まれた」「いずれにしろ世界遺産となる前は、通過型観光地であったものが、中尊寺から平泉へと面的広がりが出来たおかげで、現在は滞在型観光地へと変化してきている」と。話の中感銘を受けたことがあります。それは、平泉の世界遺産で浮かれることなく、ここでの観光行政のスタートに当たっては、終戦記念日の翌日の816日の「大文字火」で、この度の東日本大震災津波被害でお亡くなりになられた方々を偲んで、しっかりと慰霊祭を執り行ったという事です。また、ここで学び取ったことは、いずれ本区が環境型新庁舎を整備することで池袋全体の街が大勢の来街者を招き入れるようになった際に、きっと生かしていきたいと思います。昼食後は、一路義援金を届けに【登米市役所】へと向かいました。ここでは市議会の田口政信議長と布施孝尚市長がそれぞれ出迎えてくれるというので、遅刻の無いようにと慎重に車で1時間20分の移動をしました。まずは被害のあらましですが、登米市は最大震度は6強で、829日現在、死者22名、行方不明4名、負傷者51名という事、また家屋被害総数は4,164棟との事でした。ここでは何と言っても布施市長のご挨拶に感銘を受けました。今回の視察では、それぞれの訪問先に郵便で、豊島区内の方から被災地の役に立ててもらいたいとして頂戴した携帯電話の充電機を大量に寄贈させていただいたのですが、布施市長からは、「この度の震災では何と言っても通信手段が遮断され、すべての市民が孤立してしまったが、そのさいの充電切れを克服する、命をつなぐ充電器を頂戴したことは感謝に堪えません」と。ここでは自民党豊島区議団が街頭募金で集めた浄財をお贈りしてまいりました。

最後に、視察の四日目は、被災した人々に元気になってもらおうと活動しているエンジェル・ピースにかかわっている皆さんのところを訪問しました。実際に被災した方3名と一緒になって、車内からその方々の無くなった住居跡や仕事先を見て回り、その後お話を聞くことが出来て、私たち一人一人が今回の震災とどう向き合い支援していくべきかを考えさせられたひと時でした。

様々な場所・時間で視察を展開してまいりました。ここでの収穫を豊島区に活かすべく、仙台駅発やまびこ258号で東京へ。お疲れ様でした。