2007年10月16日火曜日

乃木ビールが飲みたい

「本橋君は、『東郷ビール』を飲んだことがあるかね?」
「えーと。『養老ビール』なら飲んだことがありますが・・・」

 あちこちで様々な地域活動団体の総会が開催され、それぞれの団体が新年度のスタートをスムーズに切られたことかと思います。私自身、いくつかの団体の総会に出席させていただき、今年もまたドキッとする話をして下さる方との出会いを頂戴し、改めて自分の浅学非才ぶりを思い知らされました。とくに御高齢の方が多くおられる団体となるともう近現代史の授業状態になってしまいます。80歳代半ばの方でしたら「大東亜戦争」をご存知でしょうし、その年代のお父さんともなると「日露戦争」をご存知かと思われます。そういえば今年は確か「日露戦争百周年」にあたりますね。

海外旅行をしていて、鮮烈な思い出が2回ほどあるんだなー」
「どんな思い出ですか?」
「うん、一つは『フィンランド』に行ったとき、あんときゃ一瞬心臓が止まるような感じがしたな」

 私も話を聞いて驚きましたが、その方が20年近く前、「フィンランド」を訪れたとき、空港からヘルシンキに向かう途中、真っ白い大きな工場とおぼしき建物の上に、「東郷平八郎元帥」の巨大な肖像画が立っていたので、思わず添乗員に「あれは何だ」と聞いたところ、フィンランドでは「アドミラル・トーゴー」と名付けたビールが製造されており、大勢の国民に愛飲されているとのことです。

 フィンランドは約1500キロの東の国境線をロシアと接し、19世紀を通じて大国ロシア帝政の圧制に苦しみ、100年後のロシア革命によってようやく独立するわけですが、独立するまでは、いつも自分達の目の前を居丈高に徘徊していたロシアのバルチック艦隊を疎ましく思っていたことでしょう。そのバルチック艦隊を日本海海戦で一瞬のうちに海底の藻屑に葬った海将東郷平八郎をたたえ、それが『東郷ビール』誕生のきっかけとなったわけです。

「二つ目は『トルコ』に行ったときだな、あんときゃ度肝を抜かれた」
「どんな事があったんですか?」

 私も話を聞いて感心しましたが、その方が同じく20年ぐらい前、「トルコ」を旅行したとき、高台に「黒海」を眺望できる公園があると聞いたのでエッチラ・ホッチラ上っていったところ、銃を肩に掛けた2人のトルコ兵の若者と出会い、2人の若者はニコニコしながら近づいてきて話しかけてきたとの事です。

『貴方は日本人か』
『そうだ』
『日本人は偉い、ロシアをやっつけたのだから』

 トルコもまたロシアと国境を接し、かつてオスマン・トルコ帝国時代は黒海の奥深くにまで勢力を伸ばしていましたが、19世紀に入って黒海を巡る両国の争いが絶えなくなり、特に、トルコ帝国を「貧窮の病人」と呼んだニコライ1世はその分割を画策し、次々とトルコの勢力圏を侵食し、ついに19世紀半ばにクリミヤ戦争が勃発します。その結果、トルコ艦隊は黒海海戦でロシア艦隊に全滅させられたのですが、その苦い国家の歴史をその若い兵士達は知っているわけです。その事を踏まえた上で、クリミヤ戦争から約50年後、極東の名もなき小国がトルコの宿敵ロシアに勝利し、あまつさえロシアの大艦隊を潰滅させた日本への畏敬の想いがこの若者の口をついて出たのでしょう。また、トルコの街には「東郷通り」・「児玉通り」そして「乃木通り」と名付けられた道路があるのです。

「この2つの国の国民の歴史観・歴史認識はたいしたもんだと思うよ」
「私もお話を聞いて共鳴するところがあります」

 20年ぐらい前と言うと私はまだ大学生ぐらいでしたが、当時の私の歴史認識はお粗末なものだったと言えますから、さきのトルコ兵の若者と議論しようものなら「歴史観喪失の透明人間」と思われてしまうかもしれませんし、また、もし今現在の日本の大学生と議論させようものなら、「それ」が空中に浮遊していると受け止められかねないでしょう。まさに近現代史教育を意図的に回避してきたツケがまわってきたといえますし、逆に『トルコ』はそこをしっかりとやってきたのでしょう。

 司馬遼太郎は、明治の日本人、特に日露戦争までの日本人は偉かったと評価しながらも、日露戦争後から昭和20年の終戦までを「奇胎」の40年間と表現してこの頃の日本人、とくに国家指導者層を痛烈に消極評価していますが、歴史的事実は見る人によって大きく変化しますし、同じ人物についても異なったいくつもの小説が生まれたりします。司馬の「殉死」などによる評価がいわゆる「乃木希典愚将論」なるものを生み出しましたが、現在は新しい史料が発見されこのような評価は払拭されようとしています。もし『フィンランド』なら、間違いなく『乃木ビール』が誕生し、『東郷ビール』とのハーフ・アンド・ハーフも発売されているかも知れませんね!!

「本橋君は、『染井桜』を飲んだことがあるかね?」(えっ、まだ続くの・・・)

2004/6/1(火)