2007年10月16日火曜日

オニギリVSおむすび

(2002年08月 名店街ニュースより)

――作業終了~。休憩!!昼飯!!
――いやぁ、腹減った。さ~て、オニギリ、オニギリ

 この8月の上旬、私は富山県で山林の草刈りボランティアをしてまいりました。大自然の山の中に、碁盤上の交差点のように杉の木の苗木が植えられていて、その成長が下草によって妨げられないようにするための活動です。林業の世界では欠かす事のできない作業です。草刈りはとてもきつい肉体労働であり、また危険で、汚い作業です。

 なぜか私は参加した先の草刈部隊の副隊長に任命されてしまいました。なんでだろ…。

――副隊長、飯食わないの?
――食べるよ、おむすび。

 この草刈ボランティア活動の昼食メニューはいつも『おむすび』、しかも一人2個と決まっておりまして、ただひたすら下草刈り作業をしている我々にとって唯一のお楽しみなのです。当日の食事当番の方はその唯一のお楽しみの『おむすび』を、ごはんの程よい炊き加減・海苔の巻き加減と塩の配分に気を遣いながら、頬張り易い三角形に作っていきます、まさに気持ちを、心を込めて、手に盛ったごはんを両手で結ぶのです。 

――きょうのオニギリは最高!
――うん、このおむすびは美味い!!

 最近の日本語の乱れ方は『大変困った』を通り越して、『一体どうするの』、といった感があります。本屋さんに行くと『声に出して読みたい日本語』『皆さんこれが敬語ですよ』といった書籍が入り口近くのコーナーに今もって平積みされている事からも分かります。

 たしかに言語は時代によって変遷してゆきます。とりわけ最近はグローバル・スタンダードなどどいった横文字を始めとした文化が日本語の領域にまで進出してきています。困った事ではありますが、この言葉でなければ伝えきれないというものならば、横文字でも止むを得ないでしょう。しかし、日本にいて日本語で表現できる事柄ならば是非とも日本語で表現してもらいたいのです。私が主張したいことは、同じ事柄を複数の日本語で表現することができる場合であっても、さらにその中からより日本の伝統や慣習、日本人の魂や心に応えてくれる表現・言葉を採用して欲しいと言うことです。 

――副隊長、オニギリを『おむすび』と言おうが、『オニギリ』と言おうがカマへンヤないですか。同じ事でっしゃろ。
――いやいや、これはやっぱり『おむすび』だよ。
――なんででっかいなー。関東だからでっか。

 『オニギリ』と言う呼び方は、私のような感性の持ち主からするとどうしても納得する事のできないものなのです。ちなみに、適当な辞書で調べてみると、その多くが「握り飯の丁寧語、おむすび」となっていますが、そのなかの小学館・2001年2月20日発行の日本国語大辞典第2版第2巻によれば、「自分の手を握り締める事をいう幼児語」となっており、その後に続けて、藤森秀夫の童謡「手のなるもみぢ、お握り上手」が載っていました。つまりは、『オニギリ』は、赤ちゃん相手の必須用語なのであって、赤ちゃんが自分の手を握り締めることを示しており、お母さんからすれば、『はいはい、オニギリですよー、はい、ニギニギしてごらんなさい』とあやしながら赤ちゃんにプラスチック製の小さなおもちゃを握らせたりするわけです。まさに『オニギリ』は『おしゃぶり』と並んで乳幼児のための大切な小さなおもちゃなのです。

 加えて、「にぎる」は、本来片手を使う「つかむ」に類似の片手の動作を示します。そこから、「にぎりめし」は、ご飯を片手でわしづかみにしてほおばる食べ方と、その食べ物をしめす表現手段として最適と言えます。 他方で、片手ではなく両手を使う動作は「むすぶ」が最適でしょう。 また、食べ物で「にぎり」は、一般には江戸前の「にぎりずし」の「すし」を言いますし、しかも、先ほど申し上げた乳幼児の話もあることから、関東方面では『オニギリ』では変な感じになってしまい、そこから『おむすび』が本流となったと思います。対して関西方面では、「すし」と言えば「押し寿司」の事を一般に指し、「江戸前の握り寿司」がなかったから『オニギリ』が本流となったのではないかなと思われます。

遠足の日や運動会の日など、『おむすび』は母と子・祖母と孫達の心を結び。

お祭りの日にあっては隣近所・地域の人達の心を結ぶ。

又あるときには自然災害の時など、見知らぬ人達同士の心を結ぶ。

それは、米で育ち、米で生きてきた日本人にとってかけがいのない食べ物。

命を支え、活動の力を生み、人と人、心と心を結びつける食べ物。

作る人と食べる人との心を結ぶ最高・最良の食べ物。だから私は『おむすび』なのです。

――副隊長、もう分りました。これからは『おむすび』でいきましょ。私のほうから隊のみんなにいっときましょ。
――分ってくれたか。よし、休憩止め―――。作業開始―――。

2003/8/14(木)